額田プロジェクトについてゲスト:小原淳氏(小原木材株式会社社長) 太田さん(小原木材株式会社社員・アーティスト)参加者:土屋公雄(教授) 杉浦見奈子(彫刻専攻助手) 北浦、松野、岸、高橋、壬生、米倉、中谷、宮本本日大学のプロジェクト研究室にゲストをお招きして特別授業を行いました。内容は、小原さんより愛知県岡崎市額田の森で構想されている森林問題に取り組むプロジェクトについて、続いて土屋先生より自然と関わりあうアートの事例紹介をしていただきました。【小原さん】
社会に出たとき、自分の志すもの(デザイン=未来を拓くもの)と社会のギャップを感じた。それ以降、自分で自分以外のもの(環境)をどう見るのか、ということを考えながらこれまで様々な取り組みを行ってきた。
・1991年 EARTH WOKER ENEGY 設立
「自然の会」・・・様々な分野のゲストの話を聞き自然について考える会。
生態学、医学、衣食住の生活環境、企業など多方面からゲストを迎え、それぞれの立場から環境についての考えやかかわり方を紹介していただいた。
・1996年 L.E.T.S.(land of Ecological Technology System)
文化が土地に定着しないと経済や産業も地域に根付いていかないという考えから、ものづくりの視点をエコロジカルなものに切り替えようとする試みを始める。
・「木もちのいい会」・・・三河の豊かな森と暮らしを考える会。
森を守るといっても、ボランティアでやっていくとどうしても続かない。継続していくためにはやはり産業を一緒にやっていかなければならないだろう。その契機として文化的なもの=アートが必要になってくると考えている。
『天使の森構想』Artist in Forest “河原百年村”計画
河原村は岡崎市にある47世帯の集落で、最若年の方が60歳の村である。林業をやって生きてきた。この村で、ただアートを森に持ち込むのではなく、100年先(自分が居なくなった世界)をどう想定し、そのために実行していくことを考える。まずは人が集まって森について考える“未来のテーブル”をこの村に作ることから始めたい。
○日本の森林について
愛知県には自然の木がほとんどない。日本全体がそうである。人工の自然ばかりである。
日本は400年前から植林して人工林を作ってきたが、昭和30年代頃から間伐をしなくなった。植林された木が管理されず、どこの森も鬱蒼として暗い印象である。日本の平均表土は50cmである。弱い森は雨が降ると表土が流れ、根が横に伸び、やがて倒木や災害に至ってしまう。陽があたらないので下草も生えなくなり、山に住む生命が失われていく。
山は雨水を保水するタンクの役割も果たしている。また、山のミネラルを含んだ水が海に注ぎ込まれることで、わかめやコンブ、近海魚が育っている。西表島の山(自然林)から続く川には豊かな流れがあるが、岡崎の川はしばらく雨が降らないととたんに水量が下がる。これは岡崎の山に保水力がないためである。
○建材として
現在の日本では建材の約8割が輸入した外材である。日本の森を正しく育て管理しながら木を使うと、建材の約9.5割を日本産で賄っていくことができる。本来、木材はその土地で育ったものを使用するのが良い。木の呼吸が育った環境に適しているからである。森は人間の排出するCO2を吸着し、その倍量のO2を吐き出している。
地震が頻発する日本の環境に木造建築は適していた。法隆寺は木造建築として1400年の歴史を誇っている。しかし、火事などの災害から消防法により公堂などへの木材の使用ができない状況である。そこで、不燃木材の開発などを行っている。もちろん有害物質が出ない方法での開発である。
○森と人の共生
肥料を持ち込むだけで森を豊かにすることはできない。本当に森を豊かにしていくためには、人の心で100年かけて森を生かしていくしかない。世界の経済が不安定になっている今こそ、産業と人の暮らしを見直す時である。その見直しを、産業ではなく文化的な視点からやっていきたい。なぜならば、人類が社会化するよりも前にアートがあったから、そしてアートの価値は貨幣に置き換えることはできないからだ。
【土屋先生】
・「彩りプロジェクト」 徳島県上勝
国民文化祭がきっかけになり、自分たちの集落のシンボルとしてアート作品がつくられ、土地の人々の手によって守られている。
・「グライスデールフォレスト」イギリス 「ナチュラルアーキテクチャー」
森を歩き森に興味を持つきっかけとしてアートが取り入れられている。自然が主体である環境に、アートはそこに寄り添うものとして置かれている。それは、人と森を結びつける“文化的サイト”である。そこでのアートはその環境でできること、そこで果たせることをやっている。アートにとって、様々な社会の断片と絡みながら考えていくことは、アートの可能性を探っていく機会である。アート自身も“アート”という側面だけで切り取ってしまうと、狭く貧しい世界に陥ってしまう危険を抱えている。
○人間と自然の関わり方について
自然を利用しながら作品を作っていくことについて、日本と欧米には違いがある。
欧米の作品には、自然を利用しながらもそこに明快な自己がある。その根底には“自然は人間に利用されるものとして存在している”という概念がある。日本は自然を人間に従うものとして捉えていないから、作品への自然の取り込み方が変わってくる。考え方の違いが表現に現れている。
Q1.河原百年村の“未来のテーブル”コンセプトには、その先の構想もあるのか。
A.(小原さん)今現在、先のことについてはっきりしたビジョンが見えているわけではない。“未来のテーブル”を作っただけでは、産業などの社会的問題を解消できるわけではない。しかし、森と人間の関わり方のイメージとしてグライスデールのようなものがある。
(土屋先生)ビル・グラントはアートではなく、木と森を愛していた。人々に森の危機を気付かせるためにアートを使ったのだと思う。異質なものが交わるところに文化が生まれている。
Q2.今の社会に問題があると思うか。(小原さんから学生への質問)
A.「新卒の社会人の13%(位)が精神的な理由により社会人として適応できないとう理由から、入社後すぐに会社を辞めている」 という新聞記事を最近読んだ。多くの人が精神面に不安を抱えるような人間を育てている社会はどこか間違っていると思った。
(小原さん)極端なことを言えば、社会に問題がなければアートは存在しないだろうと思う。
若い世代の人たちにもどこかに社会への問題意識を感じていてほしい。
記録:北浦